自分が影響を受け、そしてここで紹介するコミックは、鬼頭莫宏インストラクター作品、「我々らの」だ。こういう力作は、通称ロボットコミックであり、高さ500メートルの極大ロボット「ジアース」が仇敵のロボットをやっつけ、地球を続けるお話だ。パイロットは複数呼び名の少年ギャルで、ここまではロボットコミックとしては物珍しい配列ではありません。機体のボリュームが物凄くマッポいと言うくらいでしょうか。ガンダムやマジンガ―Zは18メートル周囲だ。

こういう力作の配列で衝撃的なのは、パイロットは、戦闘以下、必ず死ぬ、ということです。主人間公共たちが跨るロボット「ジアース」のパイロットとして選ばれた少年ギャルは15人間。一回の戦闘で一人間、取り締まり者として選ばれ、闘い、勝ち、そして死にます。ロボットの稼働に、人間一人間のいのちを取り扱うのです。一人間目は戦闘以下、ロボットから転落して死んだと思われていましたが、二人間目はまるで心臓発作でも起こしたかのようにその場で死んだことから、少年ギャルはこういうロボットのプレイの原理をわかることになります。のち、連中は、自分たちが必ず死ぬ、という世間と向き合わなくてはならなくなりました。

死と扱う。これがこういう力作のテーマだ。原理を知らされて以降のパイロットら一人間一人間は、各々の意見で死と向き合っていきます。死ぬ前に恨みの生じる相手に仇討始める者、死んだあと、自分の器官を疾病に耐える友人間に提供する者、愛する身寄りを続けるためにいのちを取り扱う者、様々です。そして、少年ギャルらが死と扱うように、読者です私も一緒に死と向き合うのです。

人間は死にます。別物などありません。談話の連中は、ロボットの原理によって死なねばなりませんが、私達のいらっしゃる現実の世界も、大まかは理不尽に死に直面します。だからこそ、生きている間に、しっかりと自分自身で考えなくてはならないのです。自分は、こういうコミックを通してそれを知りました。http://xn--n8jvay6a0p029u05qoz6b.net/